Qwen3-VL-4B/8B: Windows環境での実践ガイド
1. はじめに
Qwen3-VLは、Alibaba CloudのQwenチームが開発した視覚言語モデル(VLM: Vision-Language Model)シリーズである。VLMとは、画像や動画などの視覚情報とテキストを統合的に処理できる人工知能モデルであり、画像の内容説明、視覚的質問応答、文書からの情報抽出などを行う。
2025年10月15日、Dense(密結合)アーキテクチャを採用したQwen3-VL-4BおよびQwen3-VL-8Bがリリースされた。Denseアーキテクチャは、モデル内の全パラメータを推論時に使用する構造であり、Mixture of Experts(MoE)アーキテクチャと比較してVRAM(Video RAM: GPU専用メモリ)使用量が予測しやすく、小規模環境での運用に適している。
本ガイドでは、Windows環境においてこれらのモデルをローカル実行する方法について解説する。
1.1 公式リソース
- Qwen公式サイト: https://qwen.ai/home
- GitHubリポジトリ: https://github.com/QwenLM/Qwen3-VL
- Hugging Faceモデルハブ:
1.2 本ガイドの目標
本ガイドを通じて、以下の知識とスキルを習得することを目標とする。
- Qwen3-VL-4B/8Bの技術的特徴を理解する
- Windows環境でNexa SDKをインストールし、モデルを実行できる
- 画像認識、文書解析、動画理解などの基本タスクを実行できる
- システムリソースに応じた最適な構成を選択できる
2. Qwen3-VL-4B/8Bの技術仕様
2.1 モデル構成
各モデルには「Instruct版」と「Thinking版」という2つの派生版が提供されている。
- Instruct版: 一般的な指示実行タスクに最適化されている。ユーザーの指示に対して直接的に応答を生成する
- Thinking版: 推論過程を明示的に表現する。モデルが内部で行う思考ステップを出力に含めることで、複雑な多段階推論タスクに適している
低VRAM環境でのデプロイメントを目的として、FP8量子化版も提供されている。量子化とは、モデルのパラメータを低精度の数値形式で表現する技術であり、FP8(8ビット浮動小数点)量子化によりメモリ使用量を削減しつつ、精度の低下を最小限に抑えることができる。
2.2 主要機能
Qwen3-VLは以下の機能を備えている。
(1) 拡張されたOCR機能
32言語に対応している(従来モデルは19言語)。低照度環境、画像のぼやけ、傾きといった条件下でも文字認識が可能である。
(2) テキスト理解能力
テキストと視覚情報をシームレスに融合し、統合的理解を実現する。
(3) 長時間動画の理解
ネイティブで256,000トークンのコンテキストをサポートし、最大1,000,000トークンまで拡張可能である。トークンとは、モデルが処理するテキストや画像の最小単位であり、コンテキスト長が大きいほど、より長い入力を一度に処理できる。
(4) 視覚エージェント機能
モデルがPC/モバイルのGUIを操作し、要素認識、機能理解、ツール呼び出し、タスク完了を実行する。
(5) 空間認識
2次元グラウンディングから3次元グラウンディングまで対応する。グラウンディングとは、テキストで指定されたオブジェクトの位置を画像や空間内で特定する技術である。
(6) 視覚的コーディング
画像や動画からDraw.io、HTML、CSS、JavaScriptのコードを生成する。
2.3 ベンチマーク性能
公式発表によれば、Qwen3-VL-4B/8BはSTEM、VQA、OCR、動画理解、エージェントタスクなどのベンチマークにおいてGemini 2.5 Flash LiteやGPT-5 Nanoを上回る性能を示している。
2.4 アーキテクチャ上の革新
Qwen3-VLには以下の技術が導入されている。
- Interleaved-MRoPE(インターリーブ型多解像度回転位置埋め込み): 時間、幅、高さの全周波数帯域にわたるロバストな位置埋め込みを実現する
- DeepStack(深層特徴統合): Vision Transformer(ViT: 画像をパッチに分割し、Transformerアーキテクチャで処理するモデル)の多層特徴を融合し、画像とテキストの整合性を向上させる
- Text-Timestamp Alignment(テキスト-タイムスタンプ整合): タイムスタンプに基づいた正確なイベント位置特定を実現する
3. Windows環境でのセットアップ
3.1 システム要件
- オペレーティングシステム: Windows 10以降
- Python: バージョン3.7以上(バージョン3.10以上を推奨)
- システムメモリ:
- 4Bモデル: 最小8GB、推奨16GB
- 8Bモデル: 最小12GB、推奨24GB
- GPU(オプション): NVIDIA製CUDA対応GPU
3.2 Nexa SDKのインストール手順
Nexa SDKは、複数のモデル形式をサポートする統合推論エンジンである。以下の形式に対応している。
- GGUF形式: llama.cppで使用される量子化モデル形式。CPU推論に最適化されている
- MLX形式: Apple Silicon向けに最適化されたモデル形式
- .nexa形式: Nexa SDK独自の最適化形式
Nexa SDKは、Qwen3-VL-4BおよびQwen3-VL-8BのGGUF形式をサポートする唯一のフレームワークである。
3.2.1 CPU版のインストール
コマンドプロンプトを起動し、以下のコマンドを実行する。
pip install nexaai --prefer-binary --index-url https://nexaai.github.io/nexa-sdk/whl/cpu --extra-index-url https://pypi.org/simple --no-cache-dir
3.2.2 GPU版のインストール(NVIDIA CUDA対応GPU使用時)
set CMAKE_ARGS="-DGGML_CUDA=ON -DSD_CUBLAS=ON" & pip install nexaai --prefer-binary --index-url https://nexaai.github.io/nexa-sdk/whl/cu124 --extra-index-url https://pypi.org/simple --no-cache-dir
CUDA Toolkit 12.0以降が必要である。
3.2.3 インストールの確認
nexa --version
3.3 認証設定
一部の機能やモデルへのアクセスには、Nexa AIのアカウント認証が必要となる場合がある。
- Nexa AI公式サイト(https://nexa.ai/)にアクセスし、アカウントを作成する
- ダッシュボードからアクセストークンを取得する
- コマンドプロンプトで以下のコマンドを実行する
nexa config set license <your_token_here>
4. モデルの実行
4.1 基本的な実行方法
4.1.1 Qwen3-VL-4B-Thinkingの起動
nexa infer NexaAI/Qwen3-VL-4B-Thinking-GGUF
4.1.2 Qwen3-VL-8B-Thinkingの起動
nexa infer NexaAI/Qwen3-VL-8B-Thinking-GGUF
初回実行時には、モデルファイルが自動的にダウンロードされる。
4.2 Instruct版の使用
nexa infer NexaAI/Qwen3-VL-4B-Instruct-GGUF
または
nexa infer NexaAI/Qwen3-VL-8B-Instruct-GGUF
5. 実践例: 画像認識タスク
本章では、基本から応用へと段階的に実践例を紹介する。
5.1 画像の詳細説明タスク
目標: 単一画像に対する基本的なプロンプト入力と出力の確認
ローカルに保存された画像を分析する。以下の形式でプロンプトを入力する。
describe this image 'C:\temp\test01.jpg'
5.2 日本語・数値認識タスク
目標: OCR機能による日本語テキスト認識の確認
日本語テキストを含む画像の認識を行う。
describe this image 'C:\temp\test02.jpg'
Qwen3-VLは32言語のOCRに対応しており、日本語の文書、レシート、看板などを認識する。
5.3 複数画像の比較分析
目標: 複数画像の同時入力と比較分析の実行
複数の画像を比較するプロンプトを与える。
compare these images 'C:\temp\image1.jpg' 'C:\temp\image2.jpg'
Pythonでの実行例:
from nexa.gguf import NexaVLMInference
inference = NexaVLMInference(model_path="NexaAI/Qwen3-VL-4B-Thinking-GGUF")
result = inference._chat(
user_input="compare these images",
image_path=["C:\\temp\\image1.jpg", "C:\\temp\\image2.jpg"]
)
print(result)
※複数画像をリストとして渡すことで比較分析を実行する
モデルは両画像の類似点と相違点を抽出する。
5.4 文書からの情報抽出
目標: 構造化された文書からの情報抽出
Qwen3-VLはテキスト認識と情報抽出機能を持ち、レシート、証明書、フォームから情報を抽出する。以下のようなプロンプトで実行する。
extract key information from 'C:\temp\invoice.jpg'
Pythonでの実行例:
from nexa.gguf import NexaVLMInference
inference = NexaVLMInference(model_path="NexaAI/Qwen3-VL-4B-Thinking-GGUF")
result = inference._chat(
user_input="extract key information from this document",
image_path="C:\\temp\\invoice.jpg"
)
print(result)
※文書画像から構造化された情報を抽出する
モデルは文書内の重要な情報(日付、金額、名称など)を抽出する。
5.5 人体の画像から指文字を認識するタスク(応用)
目標: 人体のジェスチャー認識と記号体系への対応付け
指文字(手話)の画像を入力し、以下のプロンプトで認識を行う。
recognize the sign language letter in this image 'C:\temp\sign_language.jpg'
Pythonでの実行例:
from nexa.gguf import NexaVLMInference
inference = NexaVLMInference(model_path="NexaAI/Qwen3-VL-4B-Thinking-GGUF")
result = inference._chat(
user_input="recognize the sign language letter in this image",
image_path="C:\\temp\\sign_language.jpg"
)
print(result)
※手の形状パターンから指文字を識別する
モデルは手の形状と指の位置関係を解析し、対応する文字を識別する。
5.6 人体の画像から無意識の行動を認識するタスク(応用)
目標: 非言語コミュニケーションの解析
人物の姿勢、表情、ジェスチャーなどから無意識の行動パターンを認識する。
analyze unconscious behaviors and body language in this image 'C:\temp\person_behavior.jpg'
Pythonでの実行例:
from nexa.gguf import NexaVLMInference
inference = NexaVLMInference(model_path="NexaAI/Qwen3-VL-4B-Thinking-GGUF")
result = inference._chat(
user_input="analyze unconscious behaviors and body language in this image",
image_path="C:\\temp\\person_behavior.jpg"
)
print(result)
※姿勢や表情から心理状態を推定する
モデルは人体の姿勢、顔の表情、手の動きなどを解析し、緊張、リラックス、不安などの状態を推定する。
5.7 主人公の行動の流れ、感情の変化を小説から読み取る(応用)
目標: 長文コンテキストを活用した物語分析
長文テキストを含む画像や、複数ページの文書から物語の展開や登場人物の感情変化を分析する。
analyze the protagonist's emotional journey and actions from this novel excerpt 'C:\temp\novel_page.jpg'
Pythonでの実行例:
from nexa.gguf import NexaVLMInference
inference = NexaVLMInference(
model_path="NexaAI/Qwen3-VL-4B-Thinking-GGUF",
max_new_tokens=4096
)
result = inference._chat(
user_input="analyze the protagonist's emotional journey and actions",
image_path="C:\\temp\\novel_page.jpg"
)
print(result)
※長文テキストの感情分析には大きなコンテキストウィンドウが有効である
Qwen3-VLは最大1,000,000トークンまで対応可能であるため、長編小説の複数章にわたる感情変化の追跡も可能である。
6. パフォーマンス特性とリソース管理
6.1 ハードウェア別推奨構成
以下の表に各モデルの推奨構成を示す。tok/s(tokens per second: 1秒あたりに生成されるトークン数)は推論速度の指標である。
| モデル | 最小RAM | 推奨RAM | GPU VRAM | 推論速度(目安) |
| 4B-Instruct | 8GB | 16GB | 4GB以上 | 20-30 tok/s (CPU) |
| 4B-Thinking | 10GB | 16GB | 4GB以上 | 15-25 tok/s (CPU) |
| 8B-Instruct | 12GB | 24GB | 8GB以上 | 15-25 tok/s (CPU) |
| 8B-Thinking | 16GB | 24GB | 8GB以上 | 10-20 tok/s (CPU) |
6.2 最適化手法
(1) GPU利用による高速化
CUDA対応版をインストールすることで、CPU版と比較して推論速度が2〜3倍向上する。
(2) メモリ制約への対応
システムメモリが不足する場合、より小型のモデル(8B→4B)またはFP8量子化版を使用する。
(3) コンテキスト長の調整
処理対象の長さに応じてコンテキスト長を調整することで、メモリ使用量を最適化できる。
7. トラブルシューティング
7.1 メモリ不足エラー
症状: Out of memoryエラーが発生し、モデルが起動しない
解決策:
- より小型のモデル(8B→4B)に変更する
- 実行中の他のアプリケーションを終了する
- バッチサイズやコンテキスト長を削減する
- FP8量子化版を使用する
7.2 モデルダウンロードの失敗
症状: ダウンロードが途中で停止する
解決策:
- ネットワーク接続を確認する
- プロキシ設定を確認する
- Hugging Faceから手動でモデルをダウンロードし、
~/.cache/nexa/hub/ディレクトリに配置する
7.3 CUDA関連エラー(GPU使用時)
症状: CUDA out of memoryエラー、または初期化エラーが発生する
解決策:
- NVIDIA CUDAドライバーを最新版に更新する
- GPU VRAMを消費する他のアプリケーションを終了する
- CPU版に切り替える
8. まとめ
Qwen3-VL-4BおよびQwen3-VL-8Bは、Qwen3-VLの全機能を保持しながらVRAM使用量を削減し、マルチモーダル性能を提供している。本ガイドで解説したNexa SDKを活用することで、Windows環境においても視覚言語モデルをローカル実行できる。
8.1 今後の学習指針
- 公式ドキュメント: https://github.com/QwenLM/Qwen3-VL
- Nexa SDK詳細: https://docs.nexa.ai/
- コミュニティフォーラム: https://github.com/NexaAI/nexa-sdk/discussions
参考文献
- Qwen Team. (2025). "Qwen3 Technical Report." arXiv preprint arXiv:2505.09388.
- Qwen Team. (2025). "Qwen2.5-VL Technical Report." arXiv preprint arXiv:2502.13923.
- NexaAI. (2025). "Nexa SDK Documentation." Retrieved from https://docs.nexa.ai/